後輩に向けて書いた雑文

投稿日: 2025年09月13日 13:25:51

更新日: 2025年09月13日 13:27:20

後輩に向けて書いた雑文が自身の哲学を大まかに表していたので, メモしておく.
コンテキストが欠けているがご愛敬.

本文


以下は私にとっての経験的な正しさであり, 論理によって保障される正しさではないので, 受容するかどうかは個人で判断してください.

問題というのは,

という場合に表出する.
問題解決のためには, 現状と, 想定するよりよい状態の間における差分を適切に表現する手段と, 差分を減少させる手段が必要である.

現状を表現するためには, 現状を認識できる必要がある.
一方で, 知り得ないものは, 認識できない.
また, よりよい状態が表現され得ないとき, 問題は表出しない.
このような前提に基づけば, "世界にはまず問題がある" という認識は必ずしも真ではない.
つまり, 問題は世界に内在しない. (我々の認識や価値観によって発現する)

既知の問題を解決するためには, 差分を減少させるための具体的な実装が必要である. (発明)
新たな問題を見つけるためには, 世界をより正確に記述できるようになるという, 認識の拡張が必要である. (発見)

ある方法を発明するためには, それに対して必要不可欠な知識が存在する(場合が多い)
(同時に推論能力が必要な場合もあるが, 知識の獲得と, 推論能力の獲得は別物だと思っているのでここでは省略する)
つまり特定の知識を持たない限り, 発明できない方法がある. (特定の知識は一種類や単一であるとは限らない)
ここにおける必要不可欠な知識は, (集合知, 特に現代においてはLLMのおかげで) ある程度推定することが可能である.
こういった知識を獲得するということが, 多分あなたの言う "ある問題に立ち向かうために知識を用意する" ということだと思う.

一方で, 問題の発見のために必要な知識は, 問題が発見されるまで分からない.
特定の人間の持つ知識状態が他人と完全に一致することはない. (知識状態から切り出したサブセットがおおむね一致することはあり得る. これは集団的な教育などによって実現され得る.)
他人と異なる知識状態は, 他人と異なる世界の記述を生み, これによって新たな問題が発見され得る. (全く同じ知識状態と推論能力を持った人間がいれば, 同じ問題が発見され得る. (車輪は再発明され得る))
あなたの個性により発現する, あなたの興味を追究することは, より他人と異なった知識状態を生みうる.
これ (知識を気の赴くまま可能な限り身につけ) によって, 新たな問題を発見できるかもしれない.

あなたの人生にとって, 発明と発見にどれほどの価値を置くかは, あなたの人生の自由であるが, これらは両立し得るので必ずしも一方のみを重視する必要はない. (何をもって効率が良いとするか)